キングオブパスタ

COLUMN

KING OF PASTA 2024

一人の高崎パスタファンから始まったキングオブパスタ。有志の運営メンバーが語る15年の歩み(前編)

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2023年11月03日

高崎はパスタのまち!小麦の産地で育まれる豊かな食文化

 

 
高崎市は、近年「パスタのまち」として知られています。その理由はいくつかありますが、一つは高崎市が全国でも有数の小麦の産地であることが挙げられます。群馬県のソウルフード「焼きまんじゅう」や「おっきりこみ」が小麦粉を使う食品であるように、高崎市も古くから小麦文化のある地域でした。また、高崎市民は“新しいもの好き”な気質があり、まだパスタが目新しい頃から食す人が多かったそうです。
今や市内に多種多様のパスタ店が並び、高崎発の新たなパスタも作られる「パスタのまち」へと成長した高崎市。そのムーブメントを支え続けるパスタ好きのための一大イベントが「キングオブパスタ」です。

 

年に一度のパスタの祭典「キングオブパスタ」とは?

 

 
キングオブパスタは「高崎市と周辺地域の食文化を、パスタを通じて盛り上げる活動」として行われているイベントです。毎年11月に「もてなし広場」で開催され、エントリーした市内パスタ店が腕を振るいます。イベント参加者はパスタの食べ比べを行い、投票によってその年の優勝店「キングオブパスタ」が決まります。
TVをはじめ、各種メディアでも度々取り上げられているキングオブパスタ。実はその企画・運営を担うのは有志で集まった地域の飲食店ではない事業者たちです。自治体主体でない取り組みだからこその自由度を活かして、これまで多くのコラボレーションや新企画を生み出してきました。
今年、十五周年を迎えるキングオブパスタ。今回は実行委員の皆さんに「キングオブパスタの成り立ちからこれまで」を詳しく聞いていきます。

 

お話を伺った方々

■ 青島 真一
・キングオブパスタ実行委員会 会長
(有限会社高崎塗装工業所 代表取締役)
■ 小池 輝明
・キングオブパスタ実行委員会 顧問
(明電気株式会社 代表取締役)
■ 清水 大助
・キングオブパスタ実行委員会 実行委員長
(株式会社しみづ農園 専務取締役)
■ 井上 幸己
・キングオブパスタ実行委員会 事業化推進室長
(株式会社井ノ上 代表取締役)

 

「高崎まつり」から始まった、第一回キングオブパスタ

 

 
⸻ 高崎の夏の風物詩「高崎まつり」の際に開催された、第一回キングオブパスタ。企画した経緯と想いをお聞かせください。

 
青島 第一回キングオブパスタは、第35回高崎まつりの中の「テイストオブ高崎」という企画として開催しました。テイストオブ高崎は一回目のテーマが“B級グルメ”、二回目のテーマが“スイーツ”だったので、パスタ好きな私としては「三回目は満を持して“パスタ”だろう!」と企画したんです。ところが周囲は「テーマは何でもいいよ」という反応で、一部の方からは「夏場にパスタ企画では、お客さんが来ないですよ」と反対されてしまいました。

 
井上 当時は今のように「高崎といえばパスタ」という雰囲気もなかったので、当たり前の反応だったと思います。高崎では元々、島津さんという方が「高崎パスタの会」を立ち上げ、キングオブパスタ以前に「高崎はパスタのまち」と提唱されていました。しかし、街中でパスタに関するイベントや、市の特産品のパスタはなかったと記憶しています。

 
⸻ それでは、キングオブパスタの構想はどこから始まったのでしょうか。

 
青島 これまでの自分自身の生活が、パスタと共にあったからですね。私は高崎生まれ高崎育ちで、家の近くに「シャンゴ」があり、小学生の頃からサッカーボールを蹴りながらパスタを食べに行く生活をしてました。レストランの席にボールを置いて、家族皆でパスタを食べる……それが当たり前の環境で育ったんです。

 
小池 確かに、子どもの頃の外食と言えばパスタが多かったですね。

 
井上 私たちの世代もそうですが、親世代もパスタが好きなんだと思います。今でも「シャンゴ」や「ボンジョルノ」に行くと年配のお客様が多くて、パスタは老若男女問わず楽しめるソウルフードであることを実感します。

 
青島 そんなパスタに恵まれた環境だったことに気付いたのが、東京へ大学進学したタイミングでした。「高崎ってパスタ屋が多かったんだ!」と気付き、地元自慢の定番として「高崎はパスタが美味しいんだよ」と話をしていました。
そんなパスタへの情熱が、自然とキングオブパスタの企画につながったんだと思います。周りからは企画を変えるように言われましたが、心の中で密かに「絶対成功させてやる……!」と決意を固め、準備を進めました。

 
井上 当時、私は「高崎まつり」の実施本部長をしていたんですが、副実施本部長と青島さんがコッソリ準備していた企画書を知ったのは本会議でのことでした。「ここまで準備したなら、却下できないな」と思うほど、協力店やチケット販売といった詳細まで詰めていましたよね。

 
青島 やるからには失敗したくないと思って、コツコツ準備を重ねたんですよ。今ここにいるメンバーもそうですし、一緒に準備してくれた仲間が「皆でキングオブパスタを成功させよう!」と行動してくれたからこそ、開催まで辿り着けたと思っています。

 
⸻ たくさんのメンバーの協力があって開催が実現したキングオブパスタだったんですね。現在は一万人以上が訪れる高崎の一大イベントとなっていますが、初回はどうだったのでしょうか。

 
井上 当日は小雨が降る悪天候にも関わらず大行列で、チケットは即完売。TV取材も来るほど大成功でした。

 
小池 出店数は10店舗。2日間で合計3000食を用意して、参加者全員が一口ずつ全店舗のパスタを食べられるような仕組みで進めました。初回から投票制度を取り入れていて、2日間で一番票数を集めた店舗を「キングオブパスタ」として表彰しました。第一回王者は「ボンジョルノ」ですね。高崎まつりの山車やおみこし、出店もあったので人出が多く、お客さんも参加しやすかったんだと思います。

 

パスタに掛ける想いをつなぐ 第二回キングオブパスタ

 

 
⸻ 大成功した第一回キングオブパスタですが、翌年の高崎まつりでは開催しなかったとお聞きしています。第二回の開催までには、どのような経緯があったのでしょうか。

 
井上 高崎まつりの終了後、本部には「来年のキングオブパスタはいつ開催するのか」という問い合わせがたくさん来ていました。ただ、高崎まつり実行委員会の任期が1年間であることや、お祭りの一部門が人を集めすぎてしまうことが問題で、翌年も同じようにキングオブパスタを開催することは難しい状況でした。

 
清水 高崎まつりでは「キングオブパスタを開催しない」という話になったのですが、僕は第一回のキングオブパスタ開催に関わったメンバーとして、どうにか第二回開催を実現できないかと思ったんです。そこで、自分が所属していた「高崎青年会議所(JC)」が主催してイベントをできないか……という話を青島さんにしたんです。

 
青島 そうそう、大ちゃん(清水さん)から「キングオブパスタやりたいんだけど」って相談を受けました。「所属団体が違うから一緒にはできないけど、やりたいなら全部教えるよ」と話をしたのが第二回の始まりだったと思います。

 
清水 その年、僕はJCの中で「高崎の観光」を担う委員長だったんです。高崎は軽井沢や草津温泉などの他の観光地への”通過点”としての印象が強くて、何とか立ち寄ってもらえる仕組みを作れないかと考えていた時期でした。前回大盛況だったキングオブパスタを思い出して「高崎の食文化を目当てに観光に来てもらおう」と企画を考えました。

 
⸻ 反響を呼んだキングオブパスタを、高崎の観光に目を向けるためのイベントとして再企画されたんですね。単なるイベントではなく「食文化の発信」というところがユニークだと思います。

 
井上 昔から変わらず、キングオブパスタの目的は「地域の食文化の発信」です。高崎やその周辺地域の小麦文化や食文化が発展するための一つの手法として、キングオブパスタを開催しています。

 
清水 「何で高崎でパスタなの?」という問いに説明ができるよう、地域の歴史や文化を調べたのもこの時でした。色々調べていたら「高崎とイタリアの形が似ている」ということに偶然気付いたり……『高崎パスタ物語』として冊子にまとめ、第二回キングオブパスタの企画を進めました。

 
⸻ 実行委員会の皆さんは「観光」や「食」に関係のないお仕事をされていますよね。どうして高崎の観光や食を応援する取り組みとして、キングオブパスタを開催されているんでしょうか。

 
井上 実行委員会は皆ボランティアで、全員本業は別にもっています。本業は飲食業や農業ではないため、高崎の飲食業界が潤ったり観光客が増えたり、農産物が売れたりしても直接リターンがあるわけではありません。ただ、皆共通して「地域を良くしたい」という気持ちを持って取り組んでいます。高崎が良くなることが、回りまわって自分の生活や子どもたちの環境に良い影響を与えると信じてやっています。

 
⸻ 地域への想いがバトンをつないだ第二回キングオブパスタ。開催してみていかがでしたか?

 
清水 第二回は第一回同様10店舗に参加してもらい、高崎青年会議所の主催で一般投票と審査員投票の二部門合計で王者を決める企画を開催しました。準備したのは各店舗200食。高崎まつりと同時開催ではなかったので、前回よりはお客様が少ないだろうと予想していました。しかし、イベント当日は開始1時間でチケットが売り切れる大盛況!嬉しい反面、売り切れの謝罪が続く大変な一日でした。

 

地元有志での運営に挑戦!街を奔走した第三回キングオブパスタ

 

 
⸻ 第三回キングオブパスタから、現在の「実行委員会形式」が始まったとお聞きしています。三回目のはじまりから開催までの流れを教えてください。

 
青島 第二回キングオブパスタが終わった後、第一回を開催したメンバーが集まる機会がありました。そこで言われたのが「青島さん、もうキングオブパスタやらないんですか?」ということ。その場にいた井上さんが「青島さんがやるなら、事務局を担当しますよ」と言ってくれたことに背中を押されて、第三回キングオブパスタの企画が始まりました。

 
小池 「皆でやりましょうよ」という話が出たのが7月頃で、友人・知人を募って本格的に行動し始めたのが9月頃。会場確保の関係で、イベント開催は2か月後に迫っていたのですが、なんとか形にすることができました。日中の仕事が終わった後に集まっていたため、夜中の三時まで会議をすることもしばしばで、本当に大変な日々でした。

 
⸻ 行政や企業が主体ではなく、民間が主体の実行委員会形式。大変だったことや課題となったことはありましたか。

 
青島 当時は財源がなかったので、まずは資金を調達しなければなりませんでした。協賛いただける会社をメンバー全員で探しながら、初めての形式のイベント作りを進めることが大変でしたね。実行委員会に入らなかったメンバーもスポンサーとして協力してくれたり、当日応援に来てくれる人もいて、何とか実施できました。

 
清水 第三回は出店数が17店舗に増えたので、お客様が食べたいお店を5店舗選ぶ仕組みに変えてイベントを開催しました。当日は二時間待ちの大行列で、もてなし広場周辺の歩道が渋滞してしまい、お客様や近隣の方にご迷惑をおかけしてしまったことが次回への課題となりました。新たな形式だったことや準備期間が短かったこともあって、振り返ると一番大変な回だったと思います。

 
小池 「より多くの市民で支えるキングオブパスタにしたい」という思いもありました。この頃から群馬県立女子大学や高崎経済大学を中心とした学生ボランティアが参加してくれました。若いパワーにも助けてもらった第三回でした。

 

「旧高崎競馬場」で開催!最多出店会場で華やかに行われた第四回キングオブパスタ

 

 
⸻ そして迎えた、第四回キングオブパスタ。過去最多の21店舗が出店した会場は、これまでの「もてなし広場」から「旧高崎競馬場」へ移動したと伺いました。

 
井上 11月の「もてなし広場」が確保できず、代わりの会場として「旧高崎競馬場」を検討したのがきっかけでした。初めての会場だったので、開催するにあたって乗り越えなければならない点が多くありました。当日は場外馬券場にくるお客様もいらっしゃるため、前回課題だった交通面についてはかなり綿密に準備を行いました。

 
小池 天気が崩れる予報も出ていたので、テントや雨具も手配して……第四回は赤字開催でしたね。

 
井上 そうなんです。ただ「日本中央競馬会(JRA)」から協賛いただいた遊具やキャラクターと触れ合う場所で子どもたちが遊べたり、スタンド席に座って食事が食べられたりと良い点もたくさんありました。

 
青島 「今後、競馬場開催もいいかもしれない」と思っていたんですが、競馬場の閉鎖に伴ってイベントができなくなってしまい残念でした。その頃、高崎市から「街中活性化に協力してほしい」と声をかけていただいて、以降はずっと高崎駅西口の商店街近くの「もてなし広場」で開催しています。

 
パスタ好きな青島さんの熱い想いが、仲間たちを動かして始まったキングオブパスタ。インタビュー前編では、その波乱万丈な企画立ち上げの経緯をお伝えしました。様々な形式や場所を試しながら「高崎の食文化を伝えるために」と進化してきたイベント。後編では本格始動し始めたキングオブパスタと他団体とのコラボレーションや本年開催の第十五回のご紹介、そして十五周年に向けた想いをお届けします。後編の更新も楽しみにお待ちください。

だるま
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